こんにちは。アンジーの森です。
以前、生成AIがもたらす編集制作の変化について書きました(生成AIは取材記事をどう変える?―人とAIのハイブリッドワークフローを考える)。
作業を効率化するだけでなく、発想や構成といったクリエイティブな部分においても、AIは私たちのパートナーになりはじめています。
では、こうした変化の中で、編集プロダクションはこれからどんな価値を発揮できるのでしょうか。そして、記事を「作る側」と「頼む側」は、どんな新しい関係性を築けるのでしょうか。
AIがもたらした変化──「手を動かす作業」からの解放
音声認識AIや生成AIの登場によって、弊社の記事編集制作の現場は確実に変わりました。
インタビューや講演の音声をテキストに起こし、読みやすく整える。構成を考え、導入を書き、主張を立てて、まとめる。かつては何時間もかけて行っていた作業の多くが、今では生成AIを使えば数分で“それらしい形”になってしまいます。
たとえば、60分の音声データの文字起こしを自分が記事執筆のためにやる場合、おそらく60分から90分はかかると思います。すべての文言を精緻に起こすにはさらに時間がかかるでしょう。しかし現在ではAIに任せれば一瞬です。ただし、AIも誤字脱字や誤認識を行うため、クレンジングが必要です。私の場合は、初めて聴く音声なら1.5〜2倍で聴きながらクレンジングします。60分の音源なら40分程度で精緻な文字起こしデータができあがります。
ここで、「聴いたことのない音声なら」というのはどういうことかというと、講演レポートなどのために提供される音声やビデオのことを指します。つまり、このような場合、AIによる文字起こしデータがそろった状態で初めて講演を視聴するのです。これはこれまでになかった体験です。
一方、自分がインタビューをした音源の場合、すでに内容は頭に入っているので、すべての音源を聴く必要はなく、文字起こしテキストを読んで誤字を修正したり不明な点を遡ってクレンジングすればいいだけなので15分もあればできるでしょう。
文字起こしデータを整理できれば、あとは生成AIで草稿を一瞬でつくります。弊社ではプライベートなAWS環境にLLMチャット(モデルはclaude-v3.7-sonnetなど)のアプリを用意しています。ここに、過去に書いた似たスタイルの記事と、この記事のポイントに加え、仕様として文字数や常体や敬体の指示などのプロンプトとともに草稿の作成を依頼します。
LLMを導入する以前は、文字起こしデータをエディタソフトで手作業により整理しながら、構成を考え、文章を組み立てて執筆していました。草稿は3000〜4000文字程度の原稿で、作成にはおよそ60分から120分ほどかかっていましたが、現在ではこの作業が約10分に短縮されています。その後に行う編集作業は、これまでと変わらず90分から120分程度を要しています。
もちろん、出てきた文章がそのまま使えるわけではありません。文意が曖昧だったり、構成が少しおかしかったり、事実誤認が混ざっていたりすることも少なくありません。それでも、ゼロから1をつくる工程がこれほどまでに効率化されたのは、私にとって衝撃的でした。
この「手を動かす作業の自動化」は、制作側だけでなく、発注者にも変化を促すと思います。たとえば、インタビューの録音データをAIで文字起こしし、LLMに投げて記事の素案をつくる。そうした作業を、これまでは編集プロダクションに依頼していた企業や個人が、自ら行うようになるでしょう。
つまりいま、私たちの仕事は、“どんな記事をつくるか”を考えることと、“生成されたもの”をどう編集するかにフォーカスできるようになっているのです。
こうした生成AIと音声認識ツールの活用により、記事制作のワークフローは実際にどれほど効率化されたのでしょうか。以下の表は、私自身の制作プロセスをもとに、生成AI導入前と後でのだいたいの作業時間を比較したものです。
工程 | Before | After |
文字起こし(60分音源) | 約60〜90分(手作業) | 約20分(AI処理+要所のクレンジング) |
草稿作成(3000〜4000字) | 約60〜120分(構成・執筆) | 約10分(文字起こしと仕様プロプトからLLM生成) |
編集・仕上げ | 約90分 | 約90分 |
このように、草稿ができるまでの工程が従来は2時〜3時間以上かかっていたのに対し、AIを活用することで数十分に短縮できるようになりました。文字起こし〜草稿〜編集・仕上げまでの時間を比較したイメージは次のとおりです。

とくに、0から草稿を構成・執筆する工程にかかる時間が10分程度まで圧縮されたことは大きな変化です。まさに「フリーランチのときが訪れた!」と感じる人もいるでしょう。
ただし、取材の前に企画をすることや、原稿の品質を担保するための編集やファクトチェックなどの仕上げには、今も同じだけの時間と集中力が求められます。つまり、「手を動かす作業」は効率化されても、「読む力」「伝える力」「整える力」は引き続き人間の役割であり続けるということです。
見えてきた課題──「何を」「誰が」「どう作るか」が問われる時代

AIの活用によって制作工程が効率化された一方で、新たな課題も見えてきました。作業のスピードは上がったものの、コンテンツの質が自動的に高まるわけではありません。むしろ、誰もが文章を「書けるようになった」今だからこそ、何を書くべきか、誰が書くべきか、どう伝えるべきかが、これまで以上にシビアに問われるようになったと感じています。
編集プロダクションやライターに記事制作を依頼するクライアントの立場に立ってみても、この変化は悩ましいものかもしれません。
生成AIを使えば、記事のたたき台はすぐに作成できます。しかし、その内容に誤りがあっても気づきにくく、本当に伝えたいことが表現されているのか、構成は適切か、ブランドのトーンやガイドラインに合っているかなど、判断に迷う場面も少なくありません。実際、AIを活用している依頼主の方々からは、「効率化を進めながらも、人の手を通して確かなコンテンツを仕上げたい」という声をいただくことが増えています。
私たち編集プロダクションもまた、「どこまでの工程を担うべきか」「どの段階から関わるのが最適か」を再考するタイミングに来ています。すべてを一から請け負うというモデルから、部分的に関与しながら質と量を担保する“共創パートナー”としての関わり方へと、移行していくことが求められていると感じています。
たとえば、記事の企画段階では、これまでと同様に目的や想定読者、読了後に促したいアクションなどをすり合わせ、インタビューであれば質問案を設計するといった部分は引き続き編集側が担います。その後、クライアントが自ら取材を行い、音声を文字起こしして生成AIで草稿を作成する──そんな流れが自然に成り立つケースも出てきました。
そのうえで、私たちが構成やトーン、表現を調整し、ファクトチェックやコンプライアンスへの適合を確認しながら、読者にしっかり伝わる文章へと仕上げていく。一部の作業が効率化された分、記事の本数を増やしたり、より多様な発信にチャレンジする余地も生まれるでしょう。こうした“分業と伴走”のスタイルは、今後ますます広がっていくのではないかと感じています。
業務カテゴリ | Before | After |
企画 | 依頼主・編集プロダクション | 依頼主・編集プロダクション+AI |
取材・文字起こし | 編集プロダクション | 依頼主+AI |
草稿作成 | 編集プロダクション | 依頼主+AI |
構成・編集 | 編集プロダクション | 編集プロダクション+AI |
ファクトチェックなど | 編集プロダクション | 編集プロダクション+AI |
記事数・発表機会 | 時間やコスト制限あり | 一部自動化で拡大可能 |
編集プロダクションの立場からすれば、「記事の単価が下がってしまうのではないか」「この“フリーランチ”の話はあまり表に出さないほうがよいのでは」と感じる方もいるかもしれません。中には、テクノロジーやAIに対してネガティブな感情を抱く方もいらっしゃいます。しかし、私はそうは考えていません。もし単価が下がる理由がAIによる作業の代替であるならば、その分、私たちの手は空くことになります。そこに、新たな機会を見つけるための余白が生まれるのです。
たとえば、同じクライアントに対して、より多くの記事制作を支援することもできますし、自社の情報発信に力を入れるという方向性も考えられます。「AIは信頼できない」という見方に対しても、ワークフローの中に多様な人が関与する仕組みを取り入れることで、十分に補完することができるでしょう。
私自身は、AIを活用したワークフローを広め、より良い情報を高い品質で、より多く世の中に届けていく。そして、そこに多様な人が関わっていく──そんな未来を思い描いています。
編集の仕事は、「企画に重きを置く」というのが私の考えであり、取材をして原稿を書く作業だけにとどまりません。その原稿が「誰に」「何を」「どう伝えるべきか」という問いを、編集の視点から整理し、最適な形に仕上げていくことこそが、編集という仕事の本質的な価値だと考えています。新たなワークフローを通じて、良質なコンテンツをこれまで以上に数多く提供できるはずです。
編集プロダクションの新しい役割──企画・制作・レビュー・共創のハブとして

生成AIを取り入れた記事制作のワークフローが広がるなかで、編集プロダクションに求められる役割も変わりつつあります。私たちは、質の高い記事を継続的に、より多く生み出すための“仕組み”を支える存在へとシフトしていると感じています。とくに重要になるのは、以下の4つの領域だと考えています。
企画
誰に向けて、何を伝えるのか。どんな構成で、どんなアクションにつなげるのか。
これらを明確にし、コンテンツ全体の“設計図”を描くことは、これまでと変わらず編集の中核です。
生成AIの導入により、文章が容易に生成できるようになった今だからこそ、「何を・なぜ伝えるのか」という起点の設計がより重要になっています。また、企画は一度きりの作業ではありません。読者の反応や成果指標をふまえて次の企画へと改善・反映していく“フィードバックループ”の起点でもあります。
制作
生成AIによって生成されたドラフトの精度を引き上げ、内容を構造的に整理する。
事実確認や文脈の補強、文体の調整など、人の視点が加わることで、文章は「伝わるコンテンツ」に仕上がります。さらに重要なのは、プロンプトの設計や生成プロセスそのものも、常に改善し続ける姿勢です。
どのような指示がより精度の高い出力につながるか、どのプロセスでAIを活用するのが最も効果的か──制作工程自体が日々アップデートされる対象になっている今、編集者自身もまた、生成環境を整えるスキルを求められています。
レビュー
レビューは、公開前と公開後の両面から編集品質を支える重要な工程です。記事の公開前には、事実確認(ファクトチェック)、トンマナやブランドトーンの統一、さらに法的リスクや差別的な表現を避けるためのコンプライアンス確認などを行い、読者に安心して届けられる品質水準を担保しています。
さらに公開後は、アクセス解析やSNSでの反応などから読者の声を拾い、改善やアップデートを繰り返す“フィードバックレビュー”も欠かせません。とくにWebコンテンツにおいては、公開がゴールではなくスタートで、企画につながりますす。この改善サイクルを継続的に回していく“エンジン”あるいは“ホイール”のような存在こそが、今後の編集プロダクションに求められる役割だと考えています。
共創
プランナーやさまざまな専門領域の人材、校正者など専門性を持ったギグワーカー、あるいは事情があってフルタイムで働けない方──多様な人材と共に作る体制を構築する。編集プロダクションがそのハブとなれば、自由に働きたい人と、安定した制作体制を両立する場が生まれます。
生成AIを活用することで、スキルと意欲を持つ人が柔軟に参加できる機会も広がります。たとえば、これまで編集の経験がなかった方でも、AIが生成したドラフトをもとに、視点や表現、読みやすさについて意見を出すことは十分に可能です。作業を細分化し、適切な支援とフィードバックを設計することで、編集未経験者が活躍できるフィールドも生まれていくはずです。
編集という営みが、限られた専門職の手によってだけではなく、より開かれた“共創型”のプロセスへと進化していく。私たちは、そんな場を設計・運営していく存在でありたいと考えています。
新しい編集制作ワークフローをともに考える場を
編集制作のワークフローが大きく変わりつつある今、私たちはその変化を受け身で捉えるのではなく、自ら行動し、多くの人とともに新しい形を模索していく必要があると感じています。こっそりフリーランチを味わっていられる時間は、そう長くはないでしょう。
生成AIの進化により、これまで編集プロダクションが担ってきた多くの作業を、クライアント自身でこなせるようになるはずです。一方で、「どこまでを社内で担うべきか」「AIを使いながらどう質を保つか」といった新たな悩みも生まれています。
こうした課題に向き合うため、発注者・編集者・個人の関係者が実践知を持ち寄り、語り合う小さな対話の場(イベント)を構想中です。現場でのAI活用の実情や、ワークフロー上の課題、クライアントとの関係の変化などを、ざっくばらんに共有できる場を目指しています。まずは、身近な人たちとの対話から始めていきたいと考えています。
さらに、その対話の内容を記録・整理し、ナレッジとして公開することも視野に入れています。語られた知見をその場限りにせず、再利用可能なワークフローとして可視化する。そうした実験的な取り組みを通じて、私たち自身の編集体制もアップデートしていけると信じています。